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コォヒィの文学小話

都内大学に通う国文学生が、自身の読書の記録を中心に、「本」に関する話題を書いています。

夏目漱石は実はぽっちゃり系だった?

食べ物 文学

夏目漱石はぽっちゃり系だった?

二〇一六年九月から放送されていましたNHKのドラマ「夏目漱石の妻」。漱石役の長谷川博己は中々の名演技でしたが、ちょっと漱石を演じるには顔が良すぎましたかね(笑)。そういえば、長谷川博己は身長一八二センチの長身ですが、漱石はどうだったんでしょう?

 

前にも紹介しました通り、二〇一七年から著作権の切れた作家の中に、漱石木曜会芥川龍之介中勘助も参加していました)のメンバーの一人であった小宮豊隆がいます。小宮は漱石の代表作の一つ、「三四郎」のモデルであると言われているのですが、その小宮の随筆「知られざる漱石が、青空文庫で公開されました。

 この随筆の中に、次のような文章があります。

 

 中肉中背といふ言葉があるが、先生は中肉とは言へても中背とは中背とは言へなかつた。寧ろ小男と言つて良かつた。

 

つまり、変な言葉になりますが、夏目漱石「中肉小背」、分かりやすく言ってしまえばぽっちゃり系であったということになります。

長谷川博己は長身痩躯なので、ちょっと…いえ、かなり違いますね(笑)

 

そりゃ太るよ…という漱石の食生活

河内一郎漱石、ジャムを舐める」二〇〇八年三月、新潮社)という本があります。この本は漱石を食べ物の観点から分析した、私のようなものには大変嬉しい本なのですが、ここでも紹介されている通り、漱石は大変な甘党でした。題名から既に分ることですが、ジャムをそのまま舐めてしまうくらい甘党だったんです。

その甘党振りは、漱石のこれまた代表作吾輩は猫であるからも伺い知ることが出来ます。

 

「それでもあなたが御飯を召し上らんで麺麭を御食べになったり、ジャムをお舐めになるものですから」

「元来ジャムは幾缶舐めたのかい」

「今月は八つ入りましたよ」

「八つ?そんなに舐めた覚えはない」

「あなたばかりじゃありません、子供も舐めます」

「いくら舐めたって五六円くらいなものだ」

 

八缶とはもの凄い量です。子供が舐めると言っても限度があります(笑)

ちなみに、このような食生活災いしてか、漱石糖尿病を患っていたそうです。明治四十一年一月、友人である菅虎雄に宛てた書簡に、次のように書かれています。

 

胃病で一寸医者に診てもらつた時に尿検査で糖分が出ているといはれた。その糖分を大学で調べて欲しいので、菅氏の親類に渡して調べてもらいたい。

 

明治四十一年と言えば、代表作「三四郎」の連載が朝日新聞で始まった年です。「三四郎」は最後悲しい結末を迎えることになりますが、そこには糖尿病治療で苦しんでいた漱石の心理状態が影響していたのかもしれません(笑)

 

漱石の味覚について

最後に、漱石の味覚について、小宮が「知られざる漱石」の中で書いているので紹介します。

 

漱石の感覚のうちで味覚や聴覚は、あまり発達していなかつたやうに思ふ。これは漱石の視覚が発達してゐて、大抵の事は視覚で排じてしまふ傾向があり、その意味で漱石の感覚の世界は最も多く視覚的な世界からできあがつてゐたせゐでもあるかと思はれる(略) 

 

この後で、小宮は漱石草枕などの文章を引くことで、自分の主張を裏付けていく訳ですが、「草枕」と言えば有名な羊羹についての文章があります。何故か小宮は引いていないので、恐れながら私がその役目を担うことにしましょう(笑)

 

余は凡ての菓子のうちで尤も羊羹が好きだ。別段食いたくはないが、あの肌合が滑らかに、緻密に、しかも半透明に光線を受ける具合は、どう見ても一個の美術品だ。ことに青味を帯びた練り上げ方は、玉と蝋石の雑種のようで、甚だ見て心持ちがいい。のみならず青磁の皿に盛られた青い煉羊羹は、青磁のなかから今生まれた様につやつやして、思わず手を出して撫でて見たくなる。 

 

確かに、味については全く出て来ませんね。そして小宮の言うように、如何にも美しい羊羹の姿が浮かんできます。言うなれば「目で味わう文章」と言ったところでしょうか。

しかし、小宮の指摘の通り、漱石の感覚を視覚ばかりに限定してしまうことには、私としてはやや疑問もありますので、それについては後日書きたいと思います。

 

漱石の「吾輩は猫である」「草枕」、小宮の「知られざる漱石」は青空文庫で読めますので、よろしければどうぞ。特に、小宮の随筆は短いですし、今回紹介出来なかった漱石についての情報もありますので、興味のある方はぜひ(笑)

 

夏目漱石 吾輩は猫である

夏目漱石 草枕

小宮豐隆 知られざる漱石