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コォヒィの文学小話

都内大学に通う国文学生が、自身の読書の記録を中心に、「本」に関する話題を書いています。

抹茶は、ふるさとの思い出の味(室生犀星「性に眼覚める頃」)

文学 小説 料理

本日二月六日は抹茶の日です。由来は、茶道で使う「風炉」という道具からだそうです。

思わず「風呂」を連想してしまいますが、そういえば二月六日を風呂の日とは言いませんね。ちなみに、風呂の日は毎月二十六日だそうです。

 

私は抹茶自体はあまり好んで飲むことはないのですが、抹茶を使った菓子は大好物ですので、よく食べます。現代では、菓子職人、パティシエの方々の努力のお陰で、多種多様な抹茶菓子を食べることが出来、現代に生まれた”口福”を実感する次第です(笑)

 

さて、本日は抹茶の日ということで、是非茶の味わいを文学でも味わっていただこうと思います。

お茶と言えば、直ぐに連想されるのは静岡でしょうか。抹茶菓子の名前によく見られる”宇治”から、京都という方もいるかもしれません。その他、埼玉の狭山茶、福岡の八女茶などもありますが、実は石川県金沢の棒茶も有名です。

 

棒茶とはほうじ茶のことを言うのですが、実はこの棒茶は、金沢が誇る三大文士の一人泉鏡花が好んでいたそうです。

ちなみに、金沢の「上林金沢茶舗」という店では、それにちなんで「鏡花」という加賀棒茶の銘柄も販売しております。

加賀棒茶・和紅茶|上林金沢茶舗

 

さて、金沢三大文士と言えば、泉鏡花室生犀星徳田秋聲ですが、実はこの中で、犀星もお茶とは縁が深い(残念なことに、私は秋聲のことを殆ど知らないので、あまり触れることが出来ません)。

そして、鏡花と異なり、犀星は抹茶と縁が深い。犀星は誕生後、直ぐに寺院に預けられてしまうのですが、その寺院には茶室があり、寺院の住職である犀星の養父が、そこでしばしば抹茶を点てており、それを犀星も飲んでいたようです。

 

つまり、犀星にとって抹茶とは、幼少の頃から親しんだ故郷の味という訳です。今回は、そんな犀星の抹茶を描いた文章を紹介します。

 

父はなれた手つきで茶筅を執ると、南蛮渡りだという重いうつわものの中を、静かにしかも細緻な顫ふるいをもって、かなり力強く、巧みに掻き立てるのであった。みるみるうちに濃い緑の液体は、真砂子のような最微な純白な泡沫となって、しかも軽いところのない適度の重さを湛えて、芳醇な高い気品をこめた香気を私どものあたまに沁み込ませるのであった。
 私はそのころ、習慣になったせいもあったが、その濃い重い液体を静かに愛服するというまでではなかったが、妙ににがみに甘さの交わったこの飲料が好きであった。じっと舌のうえに置くようにして味うと、父がいつも言うように、何となく落ちついたものが精神に加わってゆくようになって、心がいつも鎮まるのであった。 

室生犀星「性に眼覚める頃」)

 

美味しいお茶を飲むと、心が安らぐことってありますよね。犀星のこの文章からは、味、香りなどが実によく伝わって来ます。

 

さて、抹茶と言えば、やはり欠かせないのは和菓子でしょう。犀星の友人である文豪芥川龍之介は、「都会で―或は一ー千九百十六年の東京ーー」という随筆で、次のように書いております。

 

夜半の隅田川は何度見ても、詩人S・Mの言葉を越えることは出来ない。――「羊羹のやうに流れてゐる。」 

 

犀星は夜の川の流れを羊羹に喩えている訳です抹茶に添える和菓子としても、羊羹は定番の品であります。前掲「性に目覚める頃」にも、羊羹が出ていました。

 

「お前お茶をあがらんか。」
 父は私の読書している室へ呼びに来ることがあった。寂しいほど静かな午後になると、そういう父も寂しそうにしていた。
「え。ごちそうになります。」
 父の室へはいると相変らず釜鳴りがしていた。父はだまって茶をいれて服ませた。それに羊羹などが添えられてあった。父は草花がすきで茶棚には季節の花がいつも挿されてあった。

 

夜の川の水面の様に、深い色合いで、滑らかな羊羹と、養父の点てる抹茶は、「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」とした犀星のイメージの一つとして、確かにあったことと思われます。

 

室生犀星「性に眼覚める頃」、芥川龍之介「都会で――或は千九百十六年の東京――」は、青空文庫で読むことが出来ます。よろしければどうぞ。

室生犀星 性に眼覚める頃

芥川龍之介 都会で ――或は千九百十六年の東京――