コォヒィの文学小話

都内大学に通う国文学生が、自身の読書の記録を中心に、「本」に関する話題を書いています。

夏目漱石は河豚嫌い?

本日二月九日は、文豪夏目漱石の誕生日です。二〇一六年は没後一〇〇年ということで、様々な企画が催されました。

例えば、新潮社のこの企画。

www.shinchosha.co.jp

 

非常に楽しく読ませて頂きましたが、出典が書かれていないので、詳しい情報を調べることが困難なのが悔やまれます(笑)

 

去年に続いて、今年二〇一七年は生誕一五〇年ですので、また何かあるんじゃないかと今から期待しております。

 

さて、食の方については、本日は河豚の日であるそうです。河豚の名産地である下関では、濁らずに「ふく」(福)と呼んで、縁起の良い魚としています。

fuku.com

 

 ですので、本日は、漱石と河豚について紹介したいと思います。

 

漱石と河豚を考える際に、最も有名な話といえば、虞美人草にある次の文章でしょう。

 

嘘は河豚汁である。その場限りで祟がなければこれほど旨いものはない。しかし中毒たが最後苦しい血も吐かねばならぬ。

 

実に巧い比喩であると思います。しかし一方で、何故数ある食物の中から河豚を選んだのだろう?という疑問が生じるのは、私だけでしょうか?

 

この疑問について、これは全く私の想像ですが、実は漱石は、河豚が嫌いだったとは考えられないでしょうか?

 

何故このように考えるのかといいますと、漱石の作品群を見てみますと、河豚に対する漱石のマイナスイメージの強さが伺えるためです。

 

例えば、漱石の処女作吾輩は猫であるに、次のようにあります。

 

 若し我を以て天地を律すれば一口にして西江の水を吸いつくすべく、若し天地を以て我を律すれば我は則陌上の塵のみ。すべからく道いえ、天地と我と什麼の交渉かある。……始めて海鼠を食い出いだせる人は其胆力に於て敬すべく、始めて河豚を喫きつせる漢は其勇気に於おいて重んずべし。海鼠を食くらえるものは親鸞の再来にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり。苦沙弥先生の如きに至っては只干瓢の酢味噌を知るのみ。干瓢の酢味噌を食って天下の士たるものは、われ未いまだ之を見ず。……

 

初めて河豚を食べた人間を讃えるとともに、漱石自身をモデルにしたとされる苦沙弥先生は、干瓢の酢味噌(安全で質素なものということでしょうか?)しか食べないと馬鹿にしている訳です。

ここからは、漱石の河豚に対する恐怖の強さが感じられます。

 

また、漱石満州・朝鮮旅行の紀行文、「満漢ところどころ」には、次のようにあります。

 

是公は書斎の大きな椅子の上に胡坐をかいて、河豚の干物を噛って酒を呑んでいる。どうして、あんな堅いものが胃に収容できるかと思うと、実に恐ろしくなる。そうこうする内に、おいゼムを持っているなら少しくれ、何だかおれも胃が悪くなったようだと手を出した。そうして、胃が悪いときは、河豚の干物でも何でも、ぐんぐん喰って、胃病を驚かしてやらなければ駄目だ。そうすればきっと癒ると云った。酔っていたに違ない。 

 

漱石が胃弱であったことは有名ですから、漱石の言葉通り、胃に悪そうな堅い食べ物への恐怖と読んでしまってもよいのですが、わざわざ”河豚の干物”と種類まで書いている所には、何となく河豚への恐怖の根強さが、滲み出て来るように感じます(笑)

 

さて、漱石は余程河豚に恐怖し、河豚に対して鬱憤が溜まっていたのでしょうか。「道草」には、次のような場面があります。

 

彼はまたその人に連れられて、よく船に乗った。船にはきっと腰蓑を着けた船頭がいて網を打った。いなだの鰡だのが水際まで来て跳ね躍る様が小さな彼の眼に白金のような光を与えた。船頭は時々一里も二里も沖へ漕いで行って、海鯽というものまで捕った。そういう場合には高い波が来て舟を揺り動かすので、彼の頭はすぐ重くなった。そうして舟の中へ寐てしまう事が多かった。彼の最も面白がったのは河豚の網にかかった時であった。彼は杉箸で河豚の腹をかんから太鼓のように叩いて、その膨れたり怒ったりする様子を見て楽しんだ。…… 

 

網にかかり身動きのとれなくなった、そしてこの先食べられる運命にある河豚に対して、何とも非道な仕打ちです。思いやりというものはないのでしょうか?

先に挙げた「下関ふく連盟」の方々が見たら、命の保証すら出来かねると言えるでしょう。

 

漱石自身のはっきりした言及がないので、あくまで憶測です。真相は「藪の中」……これは芥川龍之介ですね(笑)

 

 

今日は雪が降ってきましたので、非常に寒く、こんな日は鍋など嬉しいです。折角の河豚の日、河豚鍋と行きたいところですが……やはり、高いので諦めました(笑)

せめて、漱石が好きだったという汁粉を飲むことで、身体を温めることにしようかと思います。

 

今回紹介した夏目漱石虞美人草」、「吾輩は猫である」、「満漢ところどころ」、「道草」は、青空文庫で読むことが出来ます。よろしければどうぞ。

夏目漱石 虞美人草

夏目漱石 吾輩は猫である

夏目漱石 満韓ところどころ

夏目漱石 道草